日本語Substackの書き手は、まだ2,000人しかいない
もう何年も前の話なのですが、ブログの問い合わせフォームから1通のメールが届いたことがあります。
「一度お会いしませんか」
送り主は、僕がずっと入りたかった業界の人でした。正面玄関から入れるような場所じゃない。コネもない、経歴も噛み合わない、周りに相談すると「難しいんじゃない?」と返される世界です。
べつに転職を狙ってブログを始めたわけではなくて、勉強していることを整理したかっただけ。「これ面白くないですか」くらいの温度感で記事を上げていたら、いつの間にかその業界の人たちが読者になっていて、ある日あのメールが来た。あの1通がなかったら、いまの自分はいません。その業界に入ることができて、読者だった人たちが仲間になった。いまでもつながりは続いています。
計算してやったことじゃないんですよね。書いていたら、届くべき人に届いた。ただ、それが起きるには書く場所が必要だった。
サブスタ番付を1週間やってみて、Substackがまさにそういう場所になりうると感じています。
サブスタ番付、1週間やってみて
日本語のSubstackユーザーは母数がまだ小さいので、「ランキング」なんてメタなことをやって誰が喜ぶのか。半信半疑のままリリースしました。
蓋を開けたら想定より結構見てもらえているように感じます。特に書き手の方から「自分の記事を広める手段になる」と喜んでもらえたのが大きかった。番付がただのランキングではなく、書き手にとっての発信インフラとして機能し始めているかも?という手応えがあります。
ちなみに開発・運用はフルAIです。データ取得からページの改善点の立案まで半自動化。ひとり運営で更新が回っているのはこの仕組みのおかげです。
2,000人でも、すでに面白い
番付のデータから推計すると、日本語でポストしている書き手はおそらく2,000人前後。この数字を少ないと思うかもしれません。でも、Substackは単なるブログサービスじゃないと思っています。
例えばnoteやはてなブログは「記事を公開する場所」、Xは「発言が秒で流れるフィード」。どちらも大量のコンテンツと大量の読み手がいて初めて場として成立する。Substackは違っていて、メーリングリスト、有料メンバーシップ、ノート、チャットといった機能が全部、書き手と読み手を一回きりの接触で終わらせないための装置になっている。要するにコミュニティ運営のインフラなのです。
コミュニティ型のサービスは、少人数でも濃いつながりがあれば価値が成立します。PV勝負のプラットフォームなら2,000人は誤差みたいな数字ですが、書き手1人1人がコミュニティを持っている構造なら、2,000人でも十分面白い場所になりうる。実際、番付を1週間回してみて、日本語Substackにはすでに独自の読者を抱えた書き手がちゃんといることがわかりました。
多くの人に届くために
Substackで書いている人、これから書こうとしている人で、まだ自分の読者やコミュニティが見つかっていないと感じている方は多いと思います。その状態を変えたい。サブスタ番付がその触媒になれたら最高です。
まだ見つかっていない書き手を、見つかるようにする。 ランキング形式はどうしたって上位に目が集まる。でもSubstackの醍醐味はニッチなコミュニティを掘り当てられるところにある。ジャンル、伸び率、対話密度——PVとは別の軸で書き手を発見できる切り口を増やしていきます。
Substackの外にいる人を、中に引き込む。 noteやはてなブログ、Xだけで書いている人に「Substackという選択肢があるよ」と届けたい。番付を、外からこの生態系を一望できる窓にする。「こんな面白い人がいるなら始めてみよう」、その一歩を生み出せたら番付をやっている意味がある。
冒頭のブログの話に戻ると、あれは偶然が重なった結果でした。でもSubstackの設計って、あの偶然を構造的に起こしやすくしているんですよね。書いたものが受信箱に届き、読んだ人がコミュニティとして可視化される。偶然の出会いを再現可能な仕組みに変えている。
あのとき僕に起きたことが、もっと多くの人に起きてほしい。いま書いているあなたにも、これから書き始めるあなたにも。それがサブスタ番付をやっている理由です。


まだ2000人!たぶん、数年後にはスタンダードな未来が見えます👍
まだまだ少ないですね!
これからもっと増えていくと思いますが、楽しい場所にしたいです!